ふづきです。
窓を開けると、爽やかな顔をした青空からジメっとした風が吹く。
数字よりも暑苦しさを感じるのは、いつまでも汗ばんだシャツを着ているせいだろうか。何度シャワーを浴びてもすぐに纏わりつく感覚は、学生時代の体育の授業を思い出させる。
その頃は、いくら汗をかいても平気だったものが、いつからべとつくと言う表現に変わったのだろうと、何となく考えてみたが、余計に汗ばむ身体がそれを許そうとしなかった。
日を重ねるごとに年が進み、
楽と便利に入り浸ろうとしている自分がいる。
ここいらで、楽とは一味違う楽しさ、
便利であるが故の必要さに、目を向ける旅に出なくては。
気付く今、
その日その時が、学ぶことのできる材料でありきっかけであるから。
はじめに
2020年のまだ春が遠くに感じる頃、湯めぐり車旅で訪れた群馬県。暖冬で雪しらずの麓を走り抜けると、いわゆる白銀の世界を隠していたようで雨が雪へと姿を変えようとしていた。温泉遺産*1に認定されるほどの、温泉に対する情熱とこだわりを持った宿がこの先に待ち受ける。気温の低下と反して、期待の温度が上昇しているのが分かるほど、源泉かけ流しという響きは自分たち夫婦をワクワクさせる。
日進館
以前訪れた『豊国館』と同じく、標高1800Mに位置する万座温泉。そこにあるのは、人の手では作り上げることのできない美しい自然環境と、その大地から育まれた出湯で古くから湯治場として愛され、守られてきた温泉場。以前、日帰りで入浴させて頂いたことはあるも、あまりにも贅沢な源泉とその雰囲気に圧倒され、今度は宿泊で来たいと思っていた矢先。嫁のさつきがタイミング良く見つけてくれたことは、きっとその運命(さだめ)だったのかもしれない。
※Googleマップ
おもてなし
館内へ入ると、いきなり温泉の暖簾が目に入る。スキー場でも有名な万座温泉。悴んだ身体をすぐに包み込む、その粋な心配りを感じさせる。少し進むと湧き水だろうか。旅で乾いた喉を潤してくれそうな冷たい水がお出迎えし、さらには熊笹茶*2が身体の中から温め、元気にしてくれそうな気がする。
受付横のロビーには、催し物ができる広いスペースと待合所があり、駄菓子屋を彷彿させるような、ノスタルジックなお土産処が静かに開いている。古き良き時代を感じさせる雰囲気だ。
純和風かと思いきや、スタッフは多国籍。されど、流暢で明るい会話を聞くと、大事にされているんだなと容易に感じ取ることができる。言葉と文化の壁は、温泉、そして万座という地でここまで埋まるものなのだと、後に気付かされることとなる。
たらふく満たされる
お土産処の向かい側に、お食事処である『こまくさ』が目に入る。麓から車を走らせ、豊国館で立ち寄り湯を済ませてからここまで。朝ごはんはいつ食べただろうか、と考えてしまうほどの時間が空いていた。隣にも喫茶店のようなお店はあるものの、嫁と即答でこちらに決めた理由がひとつ。「1000円で食べ放題(バイキング)」だから。これから温泉をたらふく楽しむ身としては、腹が減っては戦が出来ぬというもの。腹ごしらえも大事な要素。
まさに、ホテルのカレー。甘みとスパイスのバランスが良く、米に合う。それ以上に、牛丼が旨かった。牛丼に使うにはもったいないような牛肉がゴロゴロ入っていて、とても柔らかく、ご飯なしでも塩加減が丁度良く、何杯でも食べられるくらい。食後にコーヒーも好きなだけ頂け、気持ちもお腹も満たされる。
寛げる場所
価格や目的により場所の選択は変わってくるが、今回利用させて頂いた部屋は、想像していたよりも広く、不便さを感じさせないものだった。
普段、車中泊を主として旅をし、宿泊と言っても横になって寝れれば良いという発想しかない為、あまりにも贅沢な部屋にテンションが上がる異常さ。節約というのも確かに一理あるが、旅のどこに重点を置くか、それによって比重が変わってくるもの。ほとんどが移動費に、という旅もなかなか楽しかったりする。今回はゆっくり寛ぎつつ、万座温泉を、日進館の温泉を入り浸る楽しみはまた一入である。
空調がダイヤル式の、オンとオフしかないことに、嬉しさを感じざるを得なかった。
湯に癒される
源泉名 ラジウム北光泉、鉄湯1号、苦湯3号、姥湯、混合泉
泉質 酸性・含硫黄ーマグネシウム・ナトリウム硫酸塩温泉(硫化水素型)(酸性低張性高温泉)
泉温 69.2
pH 不明(酸性)
その他① 姥湯のみ源泉かけ流し、他湧水にて加水あり
その他② 男女別の大浴場、男女別の展望風呂(万天の湯)、男女別の露天風呂、貸切風呂(円満の湯)あり
その他③ 硫黄濃度日本一の乳白色のにごり湯
日帰り入浴 可
日帰り入浴料 1000円(万天の湯、円満の湯は日帰り不可)
日帰り営業時間 10:00~17:00
大浴場 長寿の湯
・大浴場『長寿の湯』には、6種類の浴槽がある。
①苦湯…一番大きな浴槽。白濁して硫黄の香りがする。実際に苦いわけではなく、良薬口に苦し、にかけて苦湯と名付けたよう。広いが43℃程で、若者が淵に座って会話を楽しむ様子が見られる。
②姥苦湯…屋根付きの露天風呂。露天風呂は2つ(姥苦湯、ささ湯)あるが、どちらも2~3人入ると満員になる大きさ。濃厚な白濁のお湯に浸かりながら、今回は冷たい風に煽られることとなる。頭だけ寒い。
③ささ湯…小ぢんまりした露天風呂のひとつ。白濁したお湯の中に、熊笹の薬袋が沈んでいる。熊笹には抗がん作用があるよう。お湯を動かすと、ふわっと熊笹の青っぽい香りが、何だか心地良い。姥苦湯よりも、ささ湯に何度も入ってしまったくらい、どちらかと言えば好みだ。
④姥湯…内湯のひとつ。源泉100パーセント、どの浴槽よりも濃くまろやかさを感じる。色も、若干白濁に茶を加えたような濃さがある。常連のおじいさんが、ずっと浸かっているような、それくらい入りたくなる濃厚さ。日進館で湯治と言えば、このお湯のよう。もちろん、一番長く入ったお湯で、ポタージュのようなクリーミーさを感じるくらい、透明度がなかった記憶がある。
⑤真湯…その名の通り、温泉ではなく万座の湧き水を温めた浴槽。他の浴槽よりも格段に温度が低い為(体感38℃)、水風呂代わりとして何度か入らせて頂いた。水道水とはやはり違い、塩素臭さは一切なく、とてもまろやかな純水のよう。硫黄で傷んだ肌が癒されるような感覚すらあった。意外と好みな浴槽。
⑥滝湯…説明が要らない滝に打たれながら浸かる浴槽。浴槽が小さく滝もひとつのため、貸切で入れる可能性が高い。混んでる際は譲り合いで。白濁の温泉を肩や腰に当てる、それだけで贅沢の時間。
※各浴槽の写真は公式ホームページ参照
https://www.manza.co.jp/spa/
展望風呂 万天の湯
大浴場、展望風呂、露天風呂とも泉質は同じよう。ガラス張りになっていて風景を見渡せるようになっている。天気が良ければ壮大な山々が見られるところだが、あいにくの空模様、しかも時間が夜になってしまったので、灯りが点々と見える程度。景色は残念だったが、浴槽は木枠で共同浴場のような雰囲気。手桶で湯加減を確かめると、42℃程度。底が見えないほどの濁りがあり、木の香りと共にほのかに硫黄臭も漂う。まろやかな湯触りが、適度な湯加減と共に纏わりつき、「ハァ~」と息が零れる。とても心地良い。宿泊者専用ということもあり人が少ないと思いきや、毎回2~3人と被るという人気の高さが窺える。浴槽と洗い場は別にある。
露天風呂 極楽湯
館内から連絡通路はなく、一度出入り口から外へ出て、2~3分歩いた先にある。佇まいは期待をさせる。
籠に衣類を入れ、裸のまま先へ進む。
「天気が良ければ…」と悔やまれるが、それでもこのお湯、浴槽の雰囲気、ロケーションは素晴らしいの一言!洗い場はなく、桶と浴槽のみ。いや、それだけで十分。十分すぎるほど。
言葉を失う。ちょうど誰もいなく、このお湯と風景、曇り空を独り占め。注がれるお湯は、透明度が増している。新鮮な証拠で、空気に触れると白濁するよう。自然の芸術は、姿を変えども魅了する。色の変化とお湯のせせらぎ、極上の癒しの時間。硫黄臭が目をつむっても追いかけてくる感じが、堪らなく心地良い。「いい湯だな…」本当にそう思う。極楽とはこのことを言うんだと、疑う余地もなかった。
おわりに
甘いもの、しょっぱいもの、…よくわからないクニャクニャしたもの。自慢の温泉だけでなく、万座の美味しい湧水を手軽に飲むことができ、それに浸かることもできる。地物の熊笹は飲用にも浴用にも使用でき、抗がん作用など様々な効能をもたらしてくれる。
それだけではない。
お土産処の前のロビーにて。替わりでジャズやダンス、牧師の有難いお話などが開かれるよう。今回は、万座ホットスパオールスターズによるバンドと歌が披露された。どこかで契約したミュージシャンか、ボランティアか…と思って聴いていたら、真ん中の帽子を被ったギターで弾き語っている人が、なんと館主だという。他、みんなここのスタッフと。下の写真の女性は、万座の松〇聖子との紹介をされ、名に恥じぬような歌声を披露していた。それを知ってからは、聞き入るように引き込まれていった。
宿泊業、特に温泉宿は仕事量がとても多く、大変な業務だと聞く。そのなかで、湧き水の提供や源泉の管理、接客のみならず、+αでエンターテインメントを計画し、練習し、完成度を高めて提供する。サービス業なら当たり前と思う人もいるかもしれないが、+αをする余裕なんてないはずのところ、来てくださった方々に…という『おもてなしの心』としてこのような行動が出来ることに、驚きと、果てしない苦労があることを感じつつ、また来たいと思える場所を提供してくれているんだなと、嬉しさを覚えた。毎月のように来ている常連さんが何人もいる事実は、それを確かなものだと物語っている。
スキーマニアには堪らないものが飾ってあったり。
朝昼夕とも、食べきれないほど、豊富で美味しいメニューを好きなだけ食べることができ。
夫婦水入らずで、大好物の温泉を満喫することができる。
当たり前なようで、当たり前じゃない。
そのひと手間に時間をかけ、ひと手間を惜しまず努力した結果が、この万座の満天の星空のように、ホテルの星が増え、人がまた来る。
旅をする中には、出逢いがあり、体験があり、経験をする。たとえジャンルが違っても、人として通じるものは同じなんだと、その日、その場で感じること、考えることが、今もこれからも必要になってくると信じて。
*1:温泉遺産は、日本温泉遺産を守る会によって選定された、古くからの温泉利用文化を残していたり、源泉の利用を追及している温泉や施設のこと。温泉遺産 - Wikipedia 参照
*2:抗菌作用、動脈硬化予防、高血圧抑制、殺菌作用あり