徒然たびたび夫婦旅

温泉、ドライブ、プチ旅行~夫婦二人で気ままにお出かけ日記!

黄金色を味わう金島温泉『富貴の湯』と箱島ホタルの舞う季節より~嫁とふらっと湯めぐり旅~【群馬県 渋川市】

ふづきです。





旅の目的は何か。



時に、自分でも答えに迷うことがある。

迷いがあるということは、心からそれを望んでいなかったり、自信に欠けていたり、ふとした拍子に思いついただけの発想だったり。要は、軽い気持ちでいるということなのかもしれない。沢山あり過ぎて迷うなんて、言い訳にすら聞こえてしまう。

ジメっとした水蒸気の塊は、普段だったら癒しのリズムを奏でてくれたりするものを、連弾のように絶え間なく続く楽しさを、「今」ではない時に「イマ」が来てしまうこともある。自分勝手な思考が、音符の調べをなぞることを忘れ、「個」として見てしまう今。

コトの繫がり、ヒトの繫がり、モノの繫がり。

集まることでしか見えてこない、分かり合えない、理解しがたい目の前に映っている事実が、きっかけを求めて彷徨う泥雲の最中。僅かに差し込む光の温かさに、ふっ…と、我に返り気付く時間の中で。考える程でもなかったことと、誰が教えてくれる訳でもない。自分自身なんだということを。



目的なんて、初めからなかった。

好きだから。

楽しいから。

最高の我儘を、ふたりで紡ぐ旅。

それを、決して見失うことのない道標として。





はじめに



梅雨の空は、やっぱり快く受け入れることができないふづきと、空模様は飾りでしかないと言わんばかりの明るさで照らしてくれる嫁のさつき。こんな時期には(いつもですが…)、自分に取って嫁の存在はとても頼りになります。

こんな時期と言われますが、だからこそ楽しめるものもあったりします。ベトついた肌をサラッと包み込む温泉や、塞ぎ込んだ気持ちに柔らかな明かりを灯してくれる存在も。嫌なことも沢山ありますが、嫌なことばかりではないことにいかに気付くか、見つけるか。そこに楽しみを見出すのも、なかなか面白いことだったりします。難しい、時間が掛かる、だからこそやりがいがある。それが趣味で生きがいだったら、もう迷うことはないんだろうと思っています。




思うより行動



グダグダと、雨の降る時間よりも長い自分の話に付き合っていては、晴れる日など二度と来ないと思わせる。それを承知で、さつきは上手く掻き分け、本線へと誘導してくれます。傘を差すくらいなら、駆け抜ければいい。根拠のない自信に、なぜか動かされる身体と心。理屈なんて、「へ」が付くくらいなら無くても良いのだろうと、些細なことから人の在り方を学んだりしています。



ハンドルを握り、嫁を隣に乗せれば、それはもう旅の始まり。

雨は止み、世界がふたりを受け入れる瞬間。

たった1日が、掛けがえのない24時間になる。


不思議だけれど、それが現実だったりするんですよね。





コガネイロ



行くからには、行ったことがないところが良い。いつもは曲がらない道を進み、気になってはいたけれども、それ以下でもそれ以上でもなかった場所は、実際はどうなのか。食わず嫌いは、ホント損してるな、と思う瞬間ですね。先入観って、何のためにあるんだろ、考えることではないのでしょうか。

これだけ目立つ看板は、自信の表れか、はたまた客寄せのパフォーマンスか。百考は一行に如かず、です。

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金島温泉 富貴の湯

富貴とは、大分県の国宝『富貴寺』をあやかり名付けたよう。どのような繫がりがあるのか、調べてみても現時点では答えは出ず。後に、引っかかることに気付きますが。



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佇まいから感じるものは…

昔ながらの佇まいを残しつつ、真新しい雰囲気を醸し出す風格。外観から、「兎にも角にも、ゆっくり入っていきなさい」と声を掛けられたような、そんな余裕と落ち着きを感じさせるお湯を想像してしまいます。



しかし、見どころは温泉だけではないようで。
視線を誘導させる矢印の方向へ。

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中庭のリンゴ園
実りの頃に来たら、もぎることはできるのだろうか…。



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ピンコロ和尚さん
誰もが健康を望み、苦しまずにコロリと逝けることを望む。実際、和尚さん自身はどうだったのだろうかと、ここに居る理由と来た理由を考える時間を割いて思いを寄せてみた。答えのない謎解きが苦手なことに、今更気が付いたことは収穫だった。



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コガネイロの所以
お湯を手に救い、口に含む。色からに、味を想像はしていたが、やはり、だから温泉が好きなんだなと思った。一言で表すと、エグい。若者言葉ではなく、エグ味が強い。鉄分が酸化した、金属を舐めたような強さを真に受けながらも、生の温泉らしい、柔らかさと新鮮さ、まろやかさと口の中に纏わり付く感じを素直に表現している。嫁に勧めると「…いい」と表情と共に否定されたが、自分は何度も口へ運び、ここに来たことを脳裏に焼き付けておきたかった。癖になるおいしさ…とはまた一味違った、肌荒れや便秘、貧血に効きそうな、特に女性に嬉しい飲泉所のように思えた。



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左:飲用許可証 右:飲用上の注意事項
湯口から流れ出る色を眺めると、ここが金島であっても良いなと思わされる。富貴寺にあやからなくても、黄金色のお湯が湧き出る様子で富貴に相当しそうな感じもするが、なぜそこまで理由なくしてあやかるのか、知りたくもなった。




温泉と詳細



施設名 金島温泉 富貴の湯

所在地 群馬県渋川市川島99-1

TEL 0279-23-0001

源泉名 富貴の湯

泉質  カルシウム・ナトリウムー塩化物泉

pH  6.7

泉温  33.1℃(加水なし・加温あり)

日帰り 可(宿泊不可)

料金  大人400円(2時間)※延長100円/1時間

受付  10:00~21:00(21:30終了)

定休日 毎月15日(土日祝の場合は翌日)

浴槽  男女別内湯・男女別露天風呂

その他 
源泉かけ流し(源泉温度が低い為、ボイラーで加温してのかけ流し方法。お湯はそのまま廃湯され、新しい源泉を供給させているスタイル。温度を一定に保つために、循環器を使用している。)

公式HP http://fuukinoyu.jp/




湯に浸かり思う



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出典:金島温泉・富貴の湯公式HPより(内湯ヒノキ風呂)
源泉を姿、形を変えずに、温度のみを調整してかけ流す。館主は本当に温泉が好きなんだなと、そう感じます。源泉をそのまま使うのは、限りある資源であること、成分によってはボイラーや配管を詰まらせたり傷めたりすることなどリスクも多くありますが、ありのままを直に感じることって、温泉に限らず大切なことなんじゃないかなと感じています。頭でわかっていても、実際は違うこと。計算通りにいかないこと、逆にワクワクさせてくれたりすること、肌で感じて理解することの方が多かったりします。誰かの苦労によって有難さを感じていたりする事実。それを、常に肝に銘じておかなければならないですね。



お湯は、飲泉所のお湯より約9℃程高い42℃前後。飲むと入るとでは全く違うのが、ひとつの温泉の楽しみ方。肌で感じると、鉄っぽさを嫌に感じず、むしろ重さを感じると言うか、肌に留まってくれるのか、湯上りも素肌というより、一枚羽織っているような、そんな纏わり感を心地良く思います。程よく濁りがあることで、見た目にも金島温泉に来た、と思いに浸ることができ、富貴とはなんぞやと謎解きの時間を持つことができました。

国宝である富貴寺の近くには蕗薹(ふきのとう)という旅庵があり、そこの温泉はカルシウム・ナトリウムー炭酸水素温泉。ここのお湯とは近いようで異なるも、同様にうす濁りで鉄分を含んでいるよう。もしかすると、そこの温泉の素晴らしさを身に覚えていて、このお湯の特徴と似ていることを名前として残したのかもしれないと、勝手ながら結論づけた自分がいたことは、お湯と共に気持ち良くかけ流した事実でした。




雨上がりに誘われて



ゆったりと、黄金色のお湯を嗜み、余韻に浸る頃。「もしかしたら」と思うことがもうひとつ、頭を過ぎります。この近くには、この時期ならではの、光の乱舞が観られる場所があったことを。

雨が苦手なのは人もその生き物も同じ。小雨が降っていたのも束の間、車を走らせているといつしか止み始めます。向かうは、箱島湧水第一保護地。知る人ぞ知る、自然の織り成す幻想的な世界へ。



金島温泉 富貴の湯から、箱島湧水近くの公民館駐車場(



公民館から、箱島湧水第一保護地まで(徒歩


※車で直接ではなく、公民館の駐車場へ停めて、徒歩で移動しているのには大事な理由があります。




人と光の温かさを感じる



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ホタル観賞と撮影マナー
ここは、箱島ホタルの名所。時期をずらしながらも、ゲンジボタルとヘイケホタルが共存し、ほたる保護の会によって美しいままの自然が守られ、自然繁殖できる環境が維持されている。ホタルの機嫌が良ければ、乱舞する姿を観られることもあるとか。

しかし、今はコロナの状況下で、全国各地のホタル祭りが中止になっていて、ここも例外ではない。今年は駐車場を設けていないため、車で来る際には注意が必要。地元の管理人さんから話を聞くと、ホタルには車のライトなどの強い光(カメラのフラッシュやスマホの明かりも同様)が悪影響のため、近くまで車を乗り入れてしまうとせっかく守って来たものが台無しになってしまう。申し訳なさそうに、近くの公民館の駐車場を利用して下さいと、観に来てくれることを拒んでいるわけではなく、ホタルのためを想って話されている姿に、自分たちが申し訳なかったと感じました。

人は、自然を壊し続けているのは紛れもない事実。けれど、それを「守る」という意味で維持していくのも人であること。人って、なんだかんだ「温かいな」と、触れずともぬくもりを感じた瞬間でした。



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闇夜に光るものは…

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徐々に、明るさと数が増え…

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カメラに映るほどの、温かな光に包まれる



自分の拙い技術では、目に映るそのままのものを描くことは難しいことですが、今でも人工的な明るさではない、か細くも、力強く照らす灯に、周りが暗闇であるせいか、まるで世界が黒と黄緑の眩い点だけで形成されているかのような、そんな空間に誘われた気がしました。



箱島ホタル、及び観光情報の詳細はこちらから
箱島ホタルの里 | 東吾妻町




おわりに



1日を家で家事をしながら過ごす、あるいは職場で一息つき暇もなく勤める。何もしなくても時間は刻々と過ぎていきます。

「今日は無駄に過ごしたな」

そうボヤくと、

「だったらしたいことして過ごせば良いじゃん!」

嫁からの言葉が、みぞおちに鋭く入ります。



こんな旅、あんな旅、長期でも短期でも旅は旅。たった24時間が、何もせず過ごした1週間分のような時間に感じる事実。それは、ただ楽しい、ではなく、良かった、と思える成長。年や学力に関係なく、経験や体験は良し悪しに関わらずやっぱり必要で、人である以上は生きるという責任があるのかなと感じることも。

人が至る所を掘り起こし、有限の資源を消費してしまっている現実を頭だけで知るのでは、もしかしたら無責任なのかもしれません。自分もそのひとりでした。けれど、その事実を知った上で、誰かがそれを守ろうとしていて、何かが犠牲になっていて、だからこそ有難く感じながら頂くこと。そのたったヒトカケラかもしれないけれど、直に感じることで守れるものがあること。温泉ひとつ取っても、生き物ひとつ取っても、同じ気がします。



旅をひとつするごとに、知らない世界があって、学ぶことがある。



コガネイロのお湯が湧く『富貴の湯』にて、通う人たちがいつまでもピンピン、そしてコロリ?と、和尚さんの思いが湯と共にこれからもかけ流されていきますように。またリンゴの実が成る頃に…。



温かさは、温泉や人のぬくもりだけではなく、懸命に生き、人と共存して守り、守られてきた小さな光からも伝わることを、ふたりの道標の目印として…。





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ふづき と さつき





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