徒然たびたび夫婦旅

温泉、車中泊、プチ旅行~夫婦二人で気ままにお出かけ日記!

メッキの自分【独り言】

ふづきです。





今回は、旅の話ではなく、
思いの丈を唯々綴るだけのもの。



迷い



人生に迷っているとかそういう話ではなく、物事が進まない時に感じること。



何がしたいのか

どこへ行きたいのか

そもそも何を書きたいのか



そんな時、気付かずに迷いが生じているんだと感じる。

どこかで、良く思われたいのではないかと鼻が伸びている。

そこに自分がいないことに気付かずに、主を見失っている。



きっと、単純な理由で闇雲に自分を決めつけている瞬間がある。

そのことを知っていながら、そこに甘えている自分を見ている。

その自分をどこかで正当化しようとしている自分もいる。

見て見ぬフリをしてしまう癖がついている。

そして辿り着く先は、「どうせ…」「だって…」という言い訳。



誰かによって迷わされたにすれば気が楽だから、
そうすれば自分のせいにもならずに、
誰も傷付かずに済むから、
なんて、

都合の良い解釈をしてきた自分。



そのことに気付いてから、
わかったことがある。



やっぱり、遠慮はする必要はないということ。




どう捉えるか



遠慮という言葉ひとつ、良くも悪くも捉えられてしまうことがある。



相手のために

自分のために



そんな思いの果ての言葉であっても、
相手からしたら全く関係のない話。

余計なお世話だったりする。



自分自身に対して、
遠慮する必要がないと思う。

それはなぜか



抑圧した感情は、
いつか暴発するから。



綺麗事ほど切れ味の鋭い刃物はないと思っている。

装いと中身が見合っていない時は、一度深呼吸したいと思う。






どんな社会情勢であれ、ご時世であれ、
生活をしていくことにはなんら変わりはない。



よく、

「臨機応変」

という言葉を目標に掲げることがあるが、

そもそも、動いている世の中で生きていくこと自体、
「臨機応変」なんじゃないかと思う。



その言葉を掲げていた頃の自分は、
その言葉の意味を理解していなかったのだと思った。




そして



働き方を「こうあるべきだ」と決めつけていた自分がいた。

生き方を「人並みでなければいけない」と煽っていた自分もいた。

人に見せるものは「綺麗でなければならない」と信じていた自分がいる。



それらは、決して悪いことではない。

けれど、絶対に善いとも言い切れない事実がある。



自分自身という路頭に迷っていた頃、

教科書のようなレールを敷き詰めて、
その上を踏み外すことなく歩いてきたこれまで。

世の広さに気付かず、

己の狭さに気付かず、

小さな世界で、もがき苦しんだ現実。



大人というのは年齢ではなく、

地に足を着け、自分の身の丈を知ろうとした時から始まり、

意志を持った時から歩き出す。




これから



今日という日が今ではなく、

今、この瞬間がとなり、

いつだって歩き出すことが出来るんだと教えられた。



いつも、ここから。



振り出しに戻ることがダメなことではなく、

戻ってはダメと思うことがダメで、

メッキの自分で進んだ年数よりも、

素の自分で歩むこれからの方が気持ちが良い。



それは全部、

自分ひとりでは気付けなかったこと。





そして、今とこれからを、

嫁のさつきに手を取られ、

その一歩前を歩けるように、

自分というものを見失わずに向き合っていきたい。






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