ふづきです。
空気の澄んだ空は、
遠くが近づいたように。
目に映るモノの距離が
まるで動き変わったかのよう。
理屈で考える自分と、
理屈なしに移り変わる月日。
接点のないはずのモノ同士が、
同じ世界で同じ時を刻む。
不思議だけれど、
それは
初めから引かれたレールの上
だったりするのかもしれない。
もし、
陽の光が
色を着けるのならば、
澄んだ水は何色?
目に映るモノは、
言葉では足りない。
考えても届かない。
近くて遠い、
そんな距離感だとしたら…。
はじめに
<2021年6月>
美肌の湯と呼ばれる宇奈月温泉では、
駅で待つ人たちや日常の1コマを思い思いに過ごす「足湯」だったり、地域の憩いの場や誰かの生きがいにも繋がるであろう「総湯」を始め、どんよりとした空模様の最中であってもすぐそこで温まることが出来る。アルカリ性の柔らかな淀みのないお湯は、飲んでも浴びてもクセがなく、透き通った見た目通りに身体の中から美肌へと導いてくれる。
そんな温泉に負けず劣らず、むしろ魅力という一面では秀でているかもしれない「トロッコ電車」は、この宇奈月温泉駅のすぐ隣(徒歩1分程)の宇奈月駅から出ているよう。街のシンボルと言っても過言ではないほど、ベンチや街灯、目を見張るようなリアルなオブジェのみならず、名物釜飯の自販機にもチョロQとして販売されるくらい推しが強い。
ここに来た1番の理由は、
そのトロッコ電車に乗らなければ行くことのできない、黒部峡谷の秘湯へ足を運ぶため。
川を掘ると湯の湧く野天風呂。
富山県の奥地、鐘釣温泉という名の秘湯へ…。
宇奈月駅
前回も登場した宇奈月駅。
今回は、この駅からトロッコ電車に乗り、鐘釣駅へと向かうこととなる。
宇奈月駅から鐘釣駅まではおよそ1時間。大人片道1410円とちょっと高額だが、乗る価値は存分にあると思う。
詳しく知りたい方は下記を参照。
・黒部峡谷鉄道公式HP
https://www.kurotetu.co.jp/
・宇奈月駅から鐘釣駅の地図
※出典:Googleマップ
トロッコ電車
トロッコ電車とは何ぞや?
ということで簡単に説明すると、
先頭の機関車が、客の乗る旅客車を引っ張る電車。
その旅客車は3種類ある。
①いわゆるトロッコ電車の代名詞「窓がない開放感のある客車」(追加料金なし)。
②「開閉可能な窓があり座席が向かい合わせの特別客車」(追加料金370円)。
③開閉可能な窓、座席の向きを転換でき、ゆったり座ることのできるリラックス客車(追加料金530円)。
実際乗った客車は、開放感のある普通客車。
トロッコ電車に乗りに来たなら、まずはこれを強くオススメしたい。そして、その日の服装+一枚羽織る上着があると尚良い。
と言うのも、6月の初夏。宇奈月温泉の散策は半袖でちょうど良かったものの、黒部峡谷を風を切って走るトロッコ電車は寒い寒い。すれ違う乗客は長袖長ズボン、自分は半袖ハーパン。とにかく、羽織るものを持って行くこともオススメする。
メリットは、
何と言っても、黒部峡谷の絶景と大自然を全身で感じられること!
デメリットは、
寒いことと、富山県出身の女優「室井滋さん」のアナウンスが聞き取りづらいこと!
これは結構痛い。とてもタメになるお話をクイズ形式で話してくれているのに、トンネルに入ると全く聞こえない。
なので、
行きを普通客車、帰りを特別客車と言うように使い分けると、両方のメリットを楽しめるかもしれない。(自分たちは両方とも普通客車で大自然を満喫♪)
豆知識
トロッコなだけに
これからトロッコ電車に乗る予定がある人や、トロッコ電車に興味がある人は必見!な情報をお届け。知って乗るのと、知らずに乗るのとでは楽しみが倍違うはず…。
・トロッコ電車の線路幅は762cm(新幹線の半分の幅)。山道を走るため、車幅が狭くなっている。
冬季は運休だが…
写真がブレブレなのはご愛敬…笑。
・冬季はトロッコ電車が運行できないため、この洞窟のような空洞「冬期歩道」を通って作業することとなる。宇奈月から終点欅平まで約20km。歩くと6時間はかかるそう。道幅が狭く、少し屈まないと通れないような場所もあるよう。
トロッコ電車の動力
マリオに出てくるお城のような発電所。
・写真のものとは異なるが、黒部発電所の水力発電によりトロッコ電車は走っている。つまりは、黒部の水でこの電車は動いているということになる。
遊歩道ならぬ
左側に掛かっているのが宇奈月の街へ温泉を引いている「引湯管」。
右側に掛かっているのが「サル橋」。
・「サル橋」はその名の通りサルの手渡り橋。運が良ければ実際に渡っている様子を目撃することが出来る。集団で渡っていることもあるそう。
緊張感
開放感のある普通客車からの1枚。
・言葉よりも身を持って感じる緊張感。さすがトロッコ電車と言ったところ。車体とトンネル内壁との距離は拳1個ほどだろうか…。というくらいスレスレを走っている。決して身を乗り出したり、手を出したりしてはいけない。当然ながら揺れもアトラクション並み。
聞き入る声の主
先ほどもお伝えしたが…。
・運行中のアナウンスは、富山県出身の女優「室井滋さん」。誰もが聞いたことのある声で、聞き入ってしまう…が。最初から最後までしっかりと聞きたい人は、普通客車以外の、特別客車やリラックス客車をオススメ。黒部峡谷の大自然を身体いっぱい満喫したい人は、もちろん普通客車一択!
揺らり揺られて
宇奈月駅を出てすぐ、
トロッコ電車は真っ赤な新山彦橋を渡る。その際に、今は遊歩道となっている山彦橋と、奥にはさっきまで居た宇奈月の街を眺めることが出来る。
天候に恵まれたり、春や秋などの花や木々が色付く季節には、どんな姿を見ることが出来るのだろうか。そう想像すると、新緑の香りだけでは満足できない気持ちが芽生えてきてしまう。
青く染まる清流沿いにポツンと、遠くから見守っていてくれているかのような「仏石」。
サンタクロースのような赤い帽子と赤い上着を羽織っている。事故や災害が起こらないよう、優しく見守っているのかもしれない。
こんな山奥から源泉を引いて、宇奈月の街へ引湯している。それほどココのお湯に惚れ込んだのだろう。温泉の魅力というものは、人の心を動かし、多くの人の活力となっているのだろうなと。ますます温泉の虜になってしまう。
辺鄙な場所にあれだけ重厚感のある石橋を築き上げるのは、相当な労力と月日が掛かったに違いない。今でもそのままの形であり続けているのは、当時の職人さんたちの腕が良かった証。
土砂の流出が激しい黒部川に合わせ、本格的な排砂ゲートを設けたコンクリート製のダム。そのおかげで下流の安全が保たれているのは有難いこと。ただ、ダム建設にはその代償も大きいのは確かな事実。何が大切か、何を優先すべきか、早くに決断を下せる潔さが自分には必要だと感じている。
トロッコ電車に揺られながら、
子供のように右往左往、見どころを探しはしゃぐ嫁を横目に、ジェットコースターは苦手だけれどトロッコ電車は確かに楽しいと。何が?と言われれば、きっと、今のご時世ではこんな激しい道を走ったり、外と遮断された乗り物ばかりの現代では珍しい、「かつて」と「今」を生きていると感じているからかもしれない。昔は楽しかったのか、今だから昔を楽しく思えるのか。そう考えると、今は何なのだろうか。
トロッコ電車は楽しさと共に、「今の自分に映る景色」を見せてくれたのだろう。
鐘釣駅
鐘釣駅は一目で観光地なのだろうなと分かる。
喫茶店や売店、顔抜きパネルなど、狭いホームにごった返しているからだ。
観光とは別の、当時の宇奈月温泉が主役の「昭和11年の日本電力のパンフレット」が飾られている。自然と忘れ去られてしまう過去を、見えるカタチとして残していく。とても大切なことだと思う。
歴代のトロッコ電車のアイテムだろうか?
部屋に飾りたくなるような、そんなワクワクさせるものが多く飾られている。どれも非売品のよう。
…まったくわからないものばかり。
まいどはや→こんにちは
そくさいけ→元気ですか
もーも →オバケ
見れば見るほど日本語の難しさに気付かされる。
飲水所
しらっと、切符売り場の真横から水の流れる音が…。
何と、黒部の名水を無料で飲むことが出来る。
何故か受け皿の横に、銭湯でお馴染みのケロリン桶が。一体何のために…?
いかつい龍の口から、これでもかと言うくらいの水が噴き出している。草が髪の毛のように生えているのが面白い。
黒部の名水は、キンキンと言うよりは適度に冷えていて、水道水のような臭みは全くなく飲みやすい。これでメスティンご飯を炊いたら美味しいんだろうなと、炊き立て粒々のご飯を想像してしまう。
温泉へ向かう
現在時刻は15時30分。
河原露天風呂に入れる時間は16時まで。
ギリギリとはまさにこのこと。
寄り道したい気持ちを抑えて、足早に河原露天風呂へ向かう。しかも、宇奈月駅方面の最終電車も17時3分という早さ。朝から来ないとゆっくり出来ない場所らしい。
動物と共存、山の神の使いとも共存している豊かな自然が残っている、ということ。もしかしたらこの先の温泉に入っているのかもしれない。
廃墟と化した旅館のような建物を通り過ぎ…。
山の神様が、鐘釣温泉へ訪れる人々を見守ってくれているそう。
河原露天風呂は、午後4時~翌朝8時まで立入どころか見学すら許されない。安全面に配慮してのことだろう。
この手前にもこの先にもトイレはないため、河原露天風呂に行く際にはここで済ませる必要がある。
河原露天風呂
やっと、この先に河原露天風呂がある!
…はず。
…妙な看板だ。
散策できます。○○風呂周辺の「○○」の部分がガムテープで消されて岩風呂となっているが、これはもしや、「河原露天」が消されているのでは…。
まさかの…
河原露天風呂は、
増水及び整備中のため利用できません。
ガーン…。
確かに、こんな流れの速い川を掘って温泉に浸かることはリスクの方が大きい。そもそも、川の水を触ってみると、ゆっくり浸かれるような温度ではないことが分かる。
ここで足湯だけでも楽しむか…。
ああ、ぬるいと言うか冷たい…。
心も冷たい…。
岩風呂
先ほどの「○○」の代わりに書かれていた「岩風呂」とは、どこにあるのだろうか。そう思い、辺りを見渡してみると…。
ふづき「あれは何?」
さつき「あそこで着替えるんじゃない?」
ソロキャンプのようなテントが無造作に置いてある。
中を覗いてみると…。
流行りのソロキャン…ではない。
これは、脱衣所だろう。
その証拠がこの先にあるからだ。
岩風呂とは、このことか。
一度階段を降り、手を触れてみる。
…温かい。
やっと入ることが出来る!
温泉に浸かる
人の気配のない、自分たちふたりだけ。この大自然の中に取り残されたような気持ちになる。言い換えると、貸し切りの世界で温泉を満喫することが出来る、ということ。タイムリミットは16時までの15分。
誰もいないけれど、ここで素っ裸になるのは少し恥ずかしい気持ちもある。けれど今しかないこの機会(チャンス)。脱衣所かもしれないテントで服を脱ぐ意味があるのだろうかと、脱いでから歩く距離を考えると、どこで脱いでも変わらないような気もしたが…。
※良い子は水着を持参して入浴しましょう!
岩風呂と言うより、天然の洞窟風呂のよう。
お湯の心地よりも先に、目からの情報量の多さにしばし思考が止まる。確か自分たちは河原露天風呂で掘って温泉に浸かるはずだったような…。今いるのは、お湯の湧く洞窟の中で、神秘的という言葉が見合う透明度の高い、しかも青いお湯に浸かり、大自然の中でせせらぎを聞きながら…。
人工的とは思えない、いびつでゴツゴツした岩肌を感じながら、小窓のような真四角の穴から光が差し込む。そこから覗く景色は、一枚のポストカードのよう。
ここはどこなのだろうか。
錯覚を起こすような岩の狭間。
聴こえるのはさっきまで強く速い流れだったはずの川の優しいせせらぎ。岩の防音効果で、まるで世界と遮断されたような孤立感と特別感を味わう。
この透明さが伝わるだろうか。
光の反射がなければ、お湯が無い岩々を写真に収めただけと思われても同然。限りなく透明な青。こんな温泉があったんだ、という感動がずっと自分を支配している。
水面を境に、上が空中、下が水中。湯気で曇っている空間よりも、青く澄み切ったお湯の中の方が良く見えるのが分かる。それほど、このお湯がとても綺麗で、透明度の高さが際立っていると言うことになる。
感想
河原露天風呂を想像していただけに、落とされてからの上げ幅がとてつもなく、時間間際の貸切状態でのこの岩風呂は、良い意味でヤバく、恐ろしい。温泉の泉質やインパクト抜きで、ロケーションと雰囲気だけでここまで魅了されたのは初めてかもしれない。それほど驚かされた温泉だった。きっと、シーズンだったらごった返してプールのようになっていただろう岩風呂を、心ゆくまで堪能させて頂けたのは、あの御神体に感謝するとともに、嫁のリサーチ力の賜物だと感じている。
野湯なだけに、成分表など見当たらず。お湯の質感や見た目、味を確認する限り、クセのない単純温泉だろう。川の水量に左右されるも、この日は40~42℃程度のぬる湯でほぼ無味無臭。滑りや川臭くもなく、川を掘ると湧き出でることから、常に100%新鮮な源泉に浸ることが出来る贅沢極まりない温泉であることには違いない。たった15分足らずではあったが、満足感はトロッコ電車を乗ってきた時間以上に匹敵する。
まとめ
宇奈月温泉を散策中に感じた、トロッコ電車への熱い思い。その熱意は、期間限定ではあるけれど、テーマパークのアトラクションよりも緊張感がありつつ楽しめる。黒部峡谷の絶景をただ単に眺めるだけでなく、室井滋さんの聞き入るアナウンスにより楽しく黒部の知識が入り、そのおかげでただの景色が意味のある絶景に見えるようになる。たった少しの配慮が、多くの人の心を動かすきっかけにもなるんだということを、改めて気付かさせてもらえた。
宇奈月の温泉街より寒いということは忘れずに。
黒部川の水力発電により動かされているトロッコ電車に揺られ、この手段でしか辿り着くことのできない鐘釣温泉。それだけでも秘湯という付加価値がついてもおかしくはない。されど、あの青さと透明さを目の当りにしたら…。岩の狭間に川底から湧く神秘的な空間。御神体が見守るその温泉には、すべてを放棄したような、世界から取り残されたような孤立感。それは、自分たちを含む社会という世界で生きる人たちへのオアシスのような役割を担っているのかもしれない。複雑で煩雑な鎧を脱ぎ捨て、ありのままに身を任せる。この限りなく透明な青さの中には、自分たちとの近くて遠い、そんな距離感と安心感で心を揺さぶられた気がした。